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東方海恵堂~Marine Benefit./海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea./海探抄/迷いあやかし之一
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報せる者を疎かにせず、報せる者を恐れず 報せられる事を拒まなければ、万事危うからず。 ………では、報せた者の身は、果たして危うからず、か?
………
事の発端は、私と天平ちゃんが冥海の九頭竜こと"九頭 宿祢"を調伏した少し後でした。
「おーい、巫女様や」
狷介不羈の遊び人 海 京雅
「あっ、京雅さん」
「呼び捨てでいいでやんすよ?巫女様の方が立場は上なんでやすから」
いつものように海恵堂にやって来て、客間で小さな人魚や妖精たちとお掃除をしていると、海の六姉妹の長女”海 京雅”さんが、相変わらずの飄々とした雰囲気で話しかけてきました。
「どうしたんですか?天平ちゃんなら今日は門番ですけど…?」
「んや、そう言う話じゃありやせん、天平の様子はあっしには”見えて”いやすから」
京雅さんは、人魚だてらに自他の目を操る能力を持っています。前に聞いた話だと、自分の妹たちの行動はいつでも覗き見ることが出来るらしいのですが…
「もう、前に言いましたよね?”巫女の命によって姉妹を覗き見ることは禁ずる”って」
「いやいや、あっしは能力で見ちゃいやせんよ?賓客室は城下町が見渡せやすから…ね?」
そう言って察しろとでも言いたげにウインクをする、端正な顔立ちに男だてらの身の丈からウインクをされると、どこか調子が狂いますが、今はそういう話ではありません。
「そ、それでっ!私に声をかけたということは何かご用事なのでは?」
「そうそう、それなんでやんすが、今の話………あっしの能力にも関わりがあるんでやんすよ」
「はぁ…?」
………
掴みどころのない話をする京雅さんに誘われて、私は海恵堂の賓客室に移動した。そこには、徐にお茶の準備をしている春慶さんもいて、私と京雅さんが楕円のテーブルを挟むように座るやいなや、私達のもとに優しい湯気の立つ紅茶が運ばれてきた。
南山不落のマーメイド・ブレーン 海 春慶
「はい、地上から仕入れた紅茶よ」
「随分タイミングが良いんですね」
「私とお姉は阿吽の呼吸だからねぇ~♪」
陽気にそう語る春慶さんは、悪戯っぽい目線を京雅さんに送った。京雅さんも似たような顔をしていて、これが阿吽の呼吸とかではなく、この二人の企みだったということが透けて見えた。
「ま、そんな瑣末な話はともかく…ここからが本題なんでやんすが」
「はい」
そう言って、春慶さんの淹れた紅茶を嗜みながら京雅さんが居住まいを正す。
「………どうやら、一人多いみたいなんでやんすよ」
「………え?」
京雅さんの結論しか言わない相談に、私は訝しげに問い返した。
「だから、一人多いみたいなんでやんす」
「それはつまり、海の新しい姉妹ができたと言うことですか?それは嬉しいことでは…」
私が皮肉を込めて京雅さんに返そうとした時、普段は悩みなんて何処吹く風といった面持ちの京雅さんが、少々困ったように頭を掻いた。
「あー…まあ、そうでしたんなら、あっしがわざわざ相談するまでもありやせん」
話がつかめず、頭に"?"を浮かべていると、京雅さんの隣に妹の春慶さんが座ってきた。
「巫女様は、お姉の"目"の能力はご存じですよね?」
「はい、どう言ったものか程度は…」
海の姉妹にはそれぞれ能力がある。その中でも京雅さんは自他の"目"を操ることが出来る。私が垣間見たのは、人の視点をハッキングする、目を合わせて相手に催眠をかけるという二つだ。
「その能力の副産物として、お姉は"周囲にある目の数を把握できる"ようになったのよ」
「目の数ですか」
「そうでやんす。口で説明しやすなら、一対の目が何組、単眼が幾つ、複眼が幾つ………という感じで、周囲にある目がどの位あるのかが、あっしの意思とは無関係に頭にインプットされるんでやんす」
目の数を集められる範囲は、京雅さんが試した中では海恵堂本堂一帯が最大で、京雅さんが普段から居る賓客室からは、城下町の目の数は把握できなかったらしいです。
「つまり、目の数が分かるイコール範囲内の人物の数が分かる………ということですか?」
「察しがよい巫女様でありんす。それで、本題に戻るんでやすが…」
京雅さんが、海恵堂内の住人の総数を把握している。そんな前提の上で始めの言葉に立ち返る。
「一人、多いと?」
「えぇ。それもただ多いんではなく、とても強い"何か"がこの海恵堂内にずっと居座っているようでしてね」
京雅さん曰く、把握した目にはその者の質が反映されるようで、今話題に上がっている余分な一人は、目の質で判断するなら"神話に片足突っ込んでいるレベル"だそうです。
言ってしまえば、宿祢さんレベルの何者かが海恵堂にいると言うことですが。
「そんな大きな妖怪が居るのなら、誰かが見つけると思いますが?」
「それが出来ていれば、あっしも頭を抱えてはいないやんすよ。あーつまり…そういうことでやす」
「侵入者が居ることはわかっているけれど、今の今まで誰一人そんな不審な人物について心当たりがないと?」
「お恥ずかしい限りで」
後ろ頭をかきながら参ったような顔をする京雅さん。隣ではそれを楽しげに見ている春慶さんがいる。
「お姉の能力も万能じゃないからね。私と違って物理的な目に限定されてるし、相手の質は判っても目から人物を逆探知出来ないし………」
「お前は容赦ないでやんすな、春慶」
今度は、さっきまでの阿吽の呼吸(企み)ではなく、姉妹喧嘩寸前のような鋭い眼光が二人の目に宿る。このままだと殺し合いが始まってもおかしくありません。
「とっ、とりあえず事情はわかりました。私もこの海恵堂を捜索してみます」
「あぁ…ん、宜しくお頼み申しやす」
座っている両膝に手をついて、深く頭を下げる京雅さん。そんな降って湧いた相談で、私の新しい仕事が始まった。