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東方海恵堂~Marine Benefit./海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea./海探抄/之九

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< 之八   海探抄   之十 >

BGM:奔放の首謀者
春慶さんの案内で大客間の西の端にあった階段を上ること数分。既に4~5回は折り返して上っていて、自分がどのくらいの高さに…いえ、海底ですから"どのくらいの深さに"いるのか分からない、と言ったほうがいいのでしょうか?
「あぁ、そうだ。歩きながらちょっと四方山話でもしようか、つくしさん」
「ふぁっ………はい」
 前を歩く春慶さんがおもむろに私に話しかけてきた。何処まで続くのかと考えながら話半分で受け取っていたので、間抜けな声が出てしまいました。
「貴女は元々この周辺の生まれなのかい?」
「いえ、私の…というか私たち家族の故郷は別にあります。はい…」
 詳しい説明をするのを躊躇って、少し間の空いた返答を返す。
「ほほん?じゃあどうして貴女はこんな辺鄙な場所に越してきたのかしら?」
「…それ、お話ししないといけませんか?」
 春慶さんの好奇心を含んだ質問に、私は明らかに怪訝な表情で返した。この感じは少し前…あやおりちゃんに問われたときと同じだ。自分の身辺に関わること…普通に赤の他人に話すのだって簡単にはいきませんが、まして私の…私たちの身辺の話は
「まあ私は知らなくても良いんだろうけども、せっかくだから貴女の事は知っておきたいわけよ。それに、私よりも貴女の事を知りたいのもそこにいるしねぇ?」
「えっ?」
 春慶さんはそう言って、隣についている天平ちゃんを見る。天平ちゃんは、歩きながら私の方を向いて、いかにも気になりますと言う感じで目を輝かせていた。
「………」
 そんな天平ちゃんを見て、しばらく思案して、私は自分の人となりを思い返して、少し震えている自分の口に気付きながらも、初めの一言を口にし
「さて、到着しましたねぇ」
 私が話し始めようとした矢先、春慶さんが呑気な声でそう言い放った。声にあおられて顔を上げると、そこには春慶さんよりやや高いくらいの扉が構えられていた。
 私の決心を利息付きで返してください。年利とか緩い事言わずに一秒10%くらいの利息で。


………


 春慶さんが扉を開けて、中の様子が私たちの目に入る。
デ

デボジャー

ビドナー
 そこは、室内だったことを忘れるほど開けていて、何よりも活気に満ち溢れていた。さっきの観客よろしく大勢の妖精による、さながら神社の夏祭りの縁日のような光景。それは春慶さんとの戦闘の時とは違う、どちらかと言うと海恵堂の城下町の回廊の空気に近かった。そんな光景を、春慶さんはさもいつもの事のように、天平ちゃんは呆れたように眺めていた。
「おお、やってるやってる」
「京雅お姉、また一人でお祭りやってるしー」
 これ、普段の光景なんですね。
「お姉は基本的に道楽者だからねぇ。一応言うとここは海恵堂の賓客の間。重要な来賓や私たちの御母様がいらしたときに使う場所なのよ」
「いいんですか、そんなVIPルームでこんなお祭りをやっていて…?」
「御母様もこれは知ってるし…」
 お母様、寛容な人なのですね。
「ん?つくし、どうしたし?」
 天平ちゃんの言葉に、私はその縁日の様子をキョロキョロと見回す。ここは春慶さんに案内された場所。そして天平ちゃんたちのお姉さんのいる場所。であるならば、そのお姉さんはいずこ、と。

 そして、縁日を見て回るように春慶さんや天平ちゃんと歩いていると、





"よくぞおいでやんしたな、檍原の巫女さんよ"


「あ、えっ!?」
 祭りを眺めていた私の耳元にさっき聞いた声が飛び込んできて、私はとっさに後ろを向いた。しかしそこには自分達が入ってきた扉があるだけで、人の姿は無かった。何事かと前に向き直って



「ひぁっ!?」
「ん~、若くしてこの面立ち、あんたさんは将来凄い別嬪さんになりやすなぁ」
 向き直ったすぐそば、目と鼻の先くらいの距離で底深い黒色の瞳が私を見つめる。肌は白く、目じりには朱が入り、ざんばらの長い白髪が背中を覆う人物。長い紅色の長髪だった春慶さんと、対になっているような雰囲気の、目にも眩しい白い髪。そして、春慶さん以上に男前な顔立ち。それはまるで歌舞伎の白獅子のような出で立ちです。
「京雅お姉、品定めはそのくらいにして、そろそろ自己紹介をしたら?」
「おぉ、そいつは申し訳ねぇ。改めてお初にお目にかかりやんすね。あっしはこいつらの長女"海 京雅"と名乗るものでやす。どぞ、よろしゅうに」
狷介不羈遊び人
海 京雅/Kai Kyouga
 京雅さんはそう言って私の前に手の平を差し出す。いわゆる時代劇で見かける仁義を切るとか言う動作をしています。
「…えと、これをどうしろと」
「あぁ!すいやせん。あんたさんは現代のお人だ、こんな挨拶されても困りますわな」
 背高の麗人…そんな京雅さんは私とのやり取りを茶化すようにかかと笑った。快活なその姿は、さしずめ気ままな長女と言う所でしょうか。今までの天平ちゃんたちから聞いた話とは大分印象が違う気もしますが…と、そんな風に京雅さんの様子を眺めていると
「………天平?わかってやんすなぁ?」
「う…………はい…」
 言い様のない気配


 私に背を見せて、天平ちゃんを向いて一言。けれど、その一言が体の奥底を震わせた。京雅さんの背中越しで、天平ちゃんの様子は見えません。ですが、今ここにいる私の脚が震えている事から察するに、直接呼ばれた天平ちゃんは言うに及ばず…でしょう。
「もう三回目でやんすね、いい加減自分を制する術を身に付けた方がいいでやんすよ」
 優しい、けど優しくない。


 京雅さんは、自分の側までやって来た天平ちゃんをしゃがみながら抱きかかえると、顎から手を寄せて顔を自分に向けた。京雅さんの言い方は穏やかだが、一文字単位で言葉が内側を抉るような感覚が伝わってくる。
「ごめ……な…さい………」
 天平ちゃんは、京雅さんの腕の中で半泣きで謝る。何か言葉を掛けてやりたいのに、京雅さんの雰囲気に口どころか体すらすくんでしまって動かない。そして京雅さんは、腕の中で小動物みたいに震えている天平ちゃんの頭を優しく撫でて、
「よし、そいじゃああっしの"目"を見やんせ?」
「う………」
「よし、良い娘でやんすね。そいじゃ、おやすみ…」
 そう言って天平ちゃんの顔を見る。目を合わせた天平ちゃんは目に涙をためながらゆっくり目を瞑って………
あ、


あぁ………


や…………